The New Gamer JP
The New Gamer 等の適当な野良翻訳をたまにする
Pac-Man C.E.: 折よく目的を見つける
原文
Pac-Man C.E.: Timely Purpose
March 6, 2008
Glenn Turner
私は、80年代を過ごしてきた多くの子供たち同様、パックマンの日用品に囲まれて育った。起床し、パックマンの食卓マットで朝食を摂り、パックマンのマグカップでクランベリージュースを飲む。そしてパックマンのアニメを土曜の朝に視聴するのだ。何故か?それはパックマンの美しさを愛していたからだ。シンプルなキャラクターに特別刺激され、ドットのたなびく様、難解な迷路の俯瞰図に魅了された。しかし、パックマンをプレイするようになってからというもの、すっかり熱は冷めてしまった。目的も無くさまよい歩き、戦略性もなく、モンスターから逃げ惑うばかりでたまにエサを食べる程度だ。ゲームオーバーになるまで続けられるのもせいぜい数面が良い所だった。明確なターゲットもなく、Inky(アオスケ)、Pinky(ピンキー)、Blinky(グズタ)とClyde(アカベイ)を恐れるばかりで、戦術的に食べるのではなくパックマンのものすごい食欲に任せたまま、ドットの跡を眺める事にほとんどの時間を使っていた。
多くのアーケードゲームは、狙いを絞っていなければクリアする事など当然出来ない。短いプレイ時間(まあ、少なくとも私の腕では)のせいもあり、試食しては逃げるような事を延々と続けていた。友人とともにいくつか試食して、香りや食感を楽しんではすぐに次へ動いていた。

オリジナルとは異なり、バンダイナムコが発売したパックマンチャンピオンシップエディション(Pac-Man C.E.)の主となるゲームモードでは遊び方に制限がある:非常にリアルな時間制限があり、ダラダラとしたペースで始まる。私にはひとつ、目指すべき課題が出来た:5分間生き抜く、どんな手段を持ってしても
最初は極簡単に達成出来るように思えた。モンスターがスピードアップを始めると、パワーエサの効果が劇的に減少し、片面を再生させる為に食べなければいけないエサの量が増加する。 そして、制限時間終了まで可能な限り片面をキレイにし、フルーツをもっと食べ、パワーエサをもっと食べ、モンスターをもっと食べて、ポイントを増加させる。その事に必死となるのだ。間の悪い頓死は全てマズイ事となる。絶対的な死の運命と向かい合う。時間の流血が起きる。ただただ、エサをより食べてスコアアップをする妨げとなる。時間、時間、時間が全て。目的を成すには不十分だ!音楽が盛り上がり、モンスターの速度がエスカレートする。モンスターの軌跡とスコアを一瞥して、そして…。

以上だ。時間への責任は私に義務を課した。モンスターのパターンを見る事、戦略的に考える事へフォーカスしなくてはならない。そして研究した事を適用させる為にリスタートする。動きがかなり遅く感じる。最初のペースに順応しようとして行き詰まるのだ。ラッシュが始まると違うゲームのように急激に変化する。再度スコアをチラっと見る。それまでのプレイスタイルから調節をする。すると突然、全てが終わる。まただ。さらにもう一度、新しく思いついた技を使ってみる。この試みはたゆまず続く。チャレンジモードとエクストラモードをやり抜くために。迷路の壁はまさに目の前で移動し、変化する。そしてモンスターはあきれるほどのスピードでドリフトするのだ。
オリジナルのパックマンでは、パックマンを死の運命からコントロールするものの、それを持って何をすべきか全く判らなかった。パックマン C.E. は私の肩から重荷を持ち上げた。その神聖な迷宮の壁の中で多くの指揮をとる事が心地よい - 手元のタスクにフォーカス出来るのだ。リーダーボードに私のスコアが載るようになるか疑わしいが、無関心とためらいの代わりに目的と野心を持ってゲームを続けるだろう。20年以上も掛かったのだ。かつてのパックマンの食卓マットと同じだけ楽しめるようになるまで。